公開日 2022年04月26日
天然痘、ペスト、赤痢、コレラ、はしか、破傷風、結核などの感染症は、多くの人の命を奪ってきました。細菌やウイルスが絶滅することは珍しく、感染症はくり返す歴史があります。今、新型コロナウイルスが猛威を振るい、感染症の影響力の強さを誰もが実感しています。マスク着用やワクチン接種などの感染防止対策、治療薬の開発などにより、この感染症の難を克服しなければなりません。
「北里柴三郎 感染症と闘いつづけた男」(上山明博著)を読みました。北里は予防医学の道に進みドイツに留学し、結核菌やコレラを発見し後にノーベル賞を受賞したコッホの下で6年間、研究に没頭、破傷風の免疫体を発見し血清療法を開発しました。
しかし、海外での大活躍で世界に認められた北里も、帰国後は冷遇され、職を失い研究する場所さえもなくなりました。四面楚歌の中、孤軍奮闘する北里を助けたのは、誰あろう、福澤諭吉先生です。東京芝公園内の土地と資金を与え、私立の伝染病研究所を構えさせたのです。研究所に必要な実験器具などは、福澤自身が親しい間柄の実業家森村市左衛門に寄付を頼みました。さらに、福澤と森村らの支援により、日本初の結核専門病院も開設できました。北里は自らも研究所(北里大学の前身)を設立、狂犬病や赤痢の研究など大きな成果を残しました。
北里は福澤への恩義を忘れることなく、福澤他界後、慶應義塾の医学科設置に尽力し、慶應義塾大学医学部の初代部長・病院長に就任しました。
再来年、千円札の肖像が北里柴三郎に替わります。野口英世に続き自らの危険を顧みず感染症の研究に一生を捧げた人物が登場します。
今、北里も福澤も、天界から「頑張れ」と激励しているに違いありません。黙々と懸命に感染症の研究に打ち込む日本の後輩医師たちを。
- 研究中の北里柴三郎
写真提供:学校法人北里研究所北里柴三郎記念室
(市報なかつ令和4年5月1日号掲載)